わたしの犬

飼ってる犬が年とって弱ってきたので、私は寂しくて悲しくて、もっとかわいがってやればよかったとかいつ死ぬんだろうとかばかり考えていて、父と母は犬の墓の話をしている。いつも暖かい犬が、冷たくなっているところを想像すると怖い。目は閉じて眠るように死んでいるのだろうか。散歩中にばったり倒れるのだろうか。老いていく彼をなんとかしてやりたいと思っているのに私はなにもできない。まだ犬は生きているのに、母が祖父に電話している。死んだら山に埋めさせてもらえないか、と。死体はちゃんと焼いてやらないと、等と私ももう死んだあとのことを考えてしまっている。祖父は言った。あの山は駄目だと。あの山には祠があって、何十年か前に一度、木を斬り倒したことがあったらしい。斬り倒した人は数日後に目が見えなくなった。また別の時に枝を切ろうとした人は、誤って自分の腕を切り落としてしまったという。だからあの山は駄目だ。祟りがある。至って真面目な祖父のしわがれ声が、電話口から聞こえた。それを聞いて、小学校の廊下に飾られていた写真を思い出した。地域の遺跡の写真、その中の一枚はあの山の祠の写真だった。いらの卵に幹を覆われた柿の木の下、ぼんやり浮かび上がる石の祠。まるでそこだけ、時が止まったようだった。戦国の昔、そこは城だったのだと、説明書きにはあった。織田軍に備えて作られた前線の城には、秀吉軍が攻めてきた。城内では内紛が絶えなくなり、やがては落城したらしい。私はもうすぐ死ぬかもしれない犬と、祟りの起こる城跡を、そっと胸の奥へしまった。目を閉じて、こうして息をしている間にも老いていく体と、目に見えない神秘の力を思った。