焦燥
なんていうか、焦燥感ばかりがあるんだよね。
なにかしなきゃって思うのに、「何か」がわからないみたいな。
目の前にあることをこなしていけばいい、いいんだけど……
ぐちゃってなるわけ、思考が。
だからこうして書いているんだけど……
詩とか小説も書きたいし漫画も描きたいわけで……
書いてきます。
なみだと砂と星と真ん中
☆なみだ
なみだをながしました
あなたのためです
なみだをふきました
わたしのためです
☆砂
私は砂粒でできていて
だからよく
取りこぼしもあるのだけれど
乾いていく体から
砂粒が滑って行く
一粒を数えては
月にかざして
私の周りも砂粒で成っていて
だからすぐ
壊れることもあるのだけれど
履き潰した靴の底から
砂粒が取れていく
幾粒を掬っては
砂漠に落として
☆星
瞳に浮かべた夜色
薄く潤んだまんまる
そっとそっと瞼を閉じて
浮かべるのは星座
ぽつりぽつり彷徨して
辿り付くのは宇宙
ぶいぶい言わせて
手を振るのは銀河
月に瞼を開けた時
ぴかり、
軌跡を見つめるよ
☆真ん中
私がいるからここが世界の真ん中で(だったらこの木はハードコアだ)
千切れかけてるあそこの雲がてっぺんで(修理中かもしれない。だったら空は糊だ)
端っこは限りがない(無い可能性はある)
世界をひっつけてるものだから
わたしの犬
飼ってる犬が年とって弱ってきたので、私は寂しくて悲しくて、もっとかわいがってやればよかったとかいつ死ぬんだろうとかばかり考えていて、父と母は犬の墓の話をしている。いつも暖かい犬が、冷たくなっているところを想像すると怖い。目は閉じて眠るように死んでいるのだろうか。散歩中にばったり倒れるのだろうか。老いていく彼をなんとかしてやりたいと思っているのに私はなにもできない。まだ犬は生きているのに、母が祖父に電話している。死んだら山に埋めさせてもらえないか、と。死体はちゃんと焼いてやらないと、等と私ももう死んだあとのことを考えてしまっている。祖父は言った。あの山は駄目だと。あの山には祠があって、何十年か前に一度、木を斬り倒したことがあったらしい。斬り倒した人は数日後に目が見えなくなった。また別の時に枝を切ろうとした人は、誤って自分の腕を切り落としてしまったという。だからあの山は駄目だ。祟りがある。至って真面目な祖父のしわがれ声が、電話口から聞こえた。それを聞いて、小学校の廊下に飾られていた写真を思い出した。地域の遺跡の写真、その中の一枚はあの山の祠の写真だった。いらの卵に幹を覆われた柿の木の下、ぼんやり浮かび上がる石の祠。まるでそこだけ、時が止まったようだった。戦国の昔、そこは城だったのだと、説明書きにはあった。織田軍に備えて作られた前線の城には、秀吉軍が攻めてきた。城内では内紛が絶えなくなり、やがては落城したらしい。私はもうすぐ死ぬかもしれない犬と、祟りの起こる城跡を、そっと胸の奥へしまった。目を閉じて、こうして息をしている間にも老いていく体と、目に見えない神秘の力を思った。
一瞬のきらめきを懐かしく思える日はあと何瞬したら来るのだろう
ぐずついた心臓の中でもいちばん煮崩れしやすいところが、うずいてしまって仕方がない。つまり恋だ。君を目にすると私は動悸が激しくなるし、体は発汗するし、喋るのもどもってしまう。
ぐずついた心臓の中でもいちばん冷めやすいところが、けちばっかりつけてきてうるさいったらない。つまり打算だ。君の荒探しをしているし、微レ存の可能性を夢見ているし、現実の自分を思い出している。
ぐずついた心臓の中でもいちばん腐ってるところが、鬼女の涙みたいになっててかなり笑えない。つまり嫉妬だ。君の言葉にいちいち傷ついているし、視線の先にいるものを消したいし、綺麗な顔は殴りたい。
ぐずついた心臓の中でもいちばんユーモラスなところが、ヒロインでもモブでもないくせにピエロにもなれてない。つまり玩具だ。私はひとりで浮かれたし、いっそ君がホモであってくれたらな、前立腺目覚めろと憎しみを浮かべた。
ぐずついた心臓の中でもいちばん私に癒着しているところが、叫んだ、もうあいつむり、ここで終わり、ぷつっと切れて、そしたらもうぐずついた心臓はますます私に合わせて鼓動を刻んで、結局、わたしはひとりなのだった。
サボテンの山で傘を振り回したら電車に轢かれたよ生きるって素晴らしい
☆何もできそうにないこと
私という人間は私が大好きで、常に頭の半分は「自分のこと」で占められている。だからこそできる限り「誰かのこと」も考えているのだけれど。
躁鬱が激しすぎる。今はわりと安定した気分だから悩みがほとんど!ない。でも今週の平日はずっとしぬんじゃないかなって思ってた。まずやらなきゃいけないタスクがたくさんあって、それを潰していかなきゃならなかった。一個狂ったらすべてが狂い始める。そんな強迫観念が私を泣かせた。今ではあのとき、どうしてあんなに落ち込んでいたのかわからないわうふふ。でもどうせまたあの波が来るんだろうなと思うと怖くなる。落ち込んでいるときはとても辛いから、なんとかして良い方へ進もうとするんだけど、うまくいかなくてますます落ち込んで、そういう捻くれた考え方しかできない自分が悲しくなる。
ふしぎなことに、そういうときの方が面白いものが書けるんだよなあ。
☆検診を受けた
甲状腺腫だってよ。毎年これか、心臓でひっかかるわけ。大して悪くないのになあ。
いわゆる鬱(私は落ち込んでいる下向きの気分をあまりこの一言で片づけたくないのだけれど、この言葉は簡潔なうえ一般的なので、しぶしぶ使っている)のときに病気だって言われると、辛い。ただでさえ精神的にどっかおかしいんじゃね自分って思いこんでるのに、身体的にもあんた悪いところあるよ、って、わたしゃ欠陥人間かそっかそっか消えたい……ってなる。
しかし、落ち込んでいる気分を「鬱」とか「バセドー病」とかいう言葉であてはめてみると、だ。落ち着く。ああ、自分の枠はここだったのかもしれない。今の状態を指す言葉があって、それは社会に通じる。自分を説明できる。別に変じゃない。
それだけ私は「言葉」というものに安心を感じることができる。
でもそれが一時的な安心でしかないってこともわかる。言葉はすべてではないし、万能でもない。信頼はしているけれど信用はしていない。
枠を意識することは必要だけれど、枠にあてはめすぎるのは、よくないからね。
☆自分がかわいい
どんなに落ち込んでいても、私は自分がかわいい。
そんな私に母が言った。「あんたさぁ、自分のこと可愛いと思ってるんだろうけど、鏡見てみな?それでも可愛いと思えんの?正直ブスがどうしようどうしようばっか言ってんのは一番見苦しいからね」
気をつけようと思う。
鏡と悪魔
鏡と悪魔
鏡を上にしたまま置いておくと、夜の間に悪魔が鏡に入り込むんだって、という話を聞いた。何も特筆すべきことがない今日の中で、そのいかにも都市伝説らしい話は、よりいっそう怪しさを纏っていた。
二十何回目のスヌーズで起きて、六時四十六分の電車に乗って、八時に仕事場につく。持参の水筒のお茶を飲んで一息ついたら、仕事が始まる。画面に向かってキーボードを叩き続ける。一時間もすると肩が重くなってきて、二時間すると目がしぱしぱしてくる。三時間経つと腰が痛い。途中掛かってくる電話に作業を中断させられ苛々しながら、それでも手を動かす。すると十二時の鐘が鳴るから昼休みが始まる。お弁当を食べて、お菓子を食べて、同僚とお喋りする。それにある程度切りがついたらネットサーフィン。休み時間も結局それで、ブルーライトかなんか、よくないものに侵されている。
昼休みが終わるころには上司が机に向かって眉間に皺を寄せ始めるから、嫌々ながら私も作業を再開する。開いたままのツイッターを眺めつつ進めていたが、もうすぐでこの案件は片付きそうだ。
「ねえ君」
君、って。上司の視線を確認して、私は心中で舌打ちする。どうやら私をご指名らしい。この上司はいつだって偉そうで嫌味で、絶対に自分の席から動かない。今回も私を呼びつけたっきり、マウスを必要以上にカチカチカチカチ、貧乏ゆすりもガタガタガタガタ、うざったいったらありゃしない。
「はい」とおとなしく返事をして、私はしずしずと上司のデスクまで歩いた。
「この書類ね、ハンコ押して先方に送っといて。あとこの集計も。ちゃんと計算ミスのないようにね」
知るかよ。そんなの手前の仕事だろうが。自分でやれや。
そう叫んで禿げ頭に資料をたたきつけたいのを、必死で抑える。
「わかりました」
せっかく仕事が落ち着いたと思ったらこれだ。今日は定時で上がるの無理そうだな、と腕時計を覗き込んで溜息をついた。
あたりが真っ暗になったくらいで仕事場を出る。残業のせいで、倍は疲れた。重い体を引きずって、行きとは逆の道をたどって帰る。電車の音も、乗客たちの呼吸音も、すべてが煩わしい。何も聞きたくなくて、一人になりたくて、ウォークマンのイヤホンを耳に突っ込んだ。ラジオに設定して周波数を合わせようとしたけれど、AMしか入らない。もう何でもいいやと思った。適当な局で止めて、音量をなるべく上げて、目を閉じる。
何者でもない私が溶けてゆくようだ。
『私ね、子供のころ母に「鏡を上にしたまま置いたらダメ」って言われたんですよ。母曰く「夜の間に悪魔が鏡に入り込むから」って。子供のころだからそれを信じたんですね。鏡ってもともと怪しい力がありません? そっくりな姿を映すのも、鏡の向こうに別の世界があるからじゃないか……とか、子供心に想像をめぐらせてました。鏡文字とか、合わせ鏡とか、もうそれだけで十分に魔力がありそう。そこに来て母の話。悪魔ですよ! 悪魔! 以来妙に鏡が怖くなっちゃいまして、だから私は、手鏡とか姿見でもなんでも、使った後は鏡を下にして置くか、覆いをかけておくんです。』
悪魔。悪魔がのりうつった鏡。隈と肌荒れで酷い顔が映ったうちの鏡と、大差ない恐ろしさだ。
ラジオのパーソナリティはそこで一息ついて、「今週は、皆さんの周りの、あまり知られていない都市伝説を募集します」
目を開けると、真っ黒な車窓が飛び込んでくる。灯りがみるみる近づいては遠ざかっていく。流れ星みたいだ。動いているのは電車だから、電燈ではなくて電車が、それに乗っている私の方が流れ星なのかもしれない。
「いま、どの辺にいるんだろう」
真っ暗な帳の降りた町は、まるで知らない景色だったし、ラジオを聴いていたから車内アナウンスは耳に入っていなかった。やがて電車が停まって、イヤホンを外すと、ちょうど降りるべき駅だった。
家に帰って、テレビをつける。急に寂しくなって、ご飯を作る気力もなくて、とりあえず制服を脱ぎ捨てた。翌朝しわになって困るのがわかっていながら、私の足は無造作にスカートを蹴り上げ、ベストを踏んづけてベッドに向かっていた。ブラウスのボタンに手をかけながら、シャワーもご飯も洗濯も、明日の朝でいいやと頭の中から追い出す。そこではっと気が付いて、メイクを落とそうと洗面所まで体を引きずった。火曜日の、まだ見れるすっぴんが、鏡の中で仏頂面を下げている。アイラインがよれてパンダみたいに黒ずんだ目元を見ていると、寂しさが溢れてきた。
今日の仕事は終わっても仕事は延々山積みだし、お皿を洗っても洗濯機を回してもまた次のを洗わなくてはならない。なんて不毛な繰り返しなのだろう。褒めてくれる人もいない、友達とももう大分あってないし、彼氏も長いことご無沙汰だ。
必要以上に喋らないせいで、最近の私はつまらない人間になってしまったようだ。今日一番に私が口に出した言葉? 「すみません」だ。電車に乗るとき、人ごみを掻き分けて吊革につかまろうとしたときの。じろりと一瞥をくれた目が思い起こされる。「おはよう」ではなく「すみません」で始まる一日。こういう陰鬱で面白味もない日々を繰り返している凝り固まった思考は、私の破滅を予感している。どうにかしなきゃいけないとは思ったけれど、どうすればいいのかがまたわからなかった。わからないことだけがわかる。
虚空を見詰めていた視線を鏡に戻すと、悪魔がいた。ぞっとして無理やりに口角を上げると、瘦せた笑顔で悪魔は笑っている。
唐突に、馬鹿なことがしたい、と思った。
馬鹿なこと。
蟻の行列を見つけて、しゃがみこんでついていく。行列が吸い込まれてゆく小さな穴のところまでたどり着く。塩と砂糖を持ってきて、巣穴の近くに堆く積む。ずっと眺めていると、白い双丘のうち一つの周りにだけまあるい砂の輪っかができている。誰も寄り付かない方の山を舐めて、私はこう叫ぶ。
「しょっぱい!」
雨が降ってきたらその塩をナメクジにかけてやる。一等でっかいのに少しずつ。どんどんナメクジは小さくなっていく。もともと鈍いのに、さらに鈍さを増しながら、溶けていく。コンクリートの壁に粘液がひたひたと光っている。動かなくなるころには私も飽きているから、空を見上げて、
「この雨は宇宙から降っているんだなあ」
等とぼやいてみる。すると雲が晴れて、陽が射して、それでも雨粒は私に降り注いでいて
「キツネの嫁入りだあ」
白無垢を着たキツネとそのご一行が、虹の上をしゃなりしゃなり歩いてゆく。それを見ていると私ももう堪らなくなって、落ちてくる雨粒を一つ一つ拾い集めては、虹に翳して染め抜いた。プリズム色した滴は、埃の味がする。しとしとしたオブラートに包まれた水玉は、さっきのナメクジみたいに粘っている。もう服なんて取っ払っちゃって、色とりどりの水玉を、手当たり次第体に張り付けてやった。髪を振り乱して、往来に出てやると、皆ぎょっとしてこちらを凝視して、視てはいけないものを見るように目をそらした。
さすがに素ッ裸は肌寒くてくしゃみが出る。通りでティッシュ配りのお兄さんがいたので、そこまで歩いて行って
「どうよ」
と仁王立ちして見せた。大学生のバイトらしい彼はひきつった笑顔で後ずさりする。えい、と距離をつめて再度、挑戦的に微笑んでみせると
「鼻水出てますよ」
と自分だって鼻の下伸ばしながらティッシュを渡してくれる。
私はそのティッシュで鼻をかんだ。ついでに一口食んでみると甘かった。ティッシュのごみを持て余していると、ご親切にもどこかの誰かさんが警察に通報してくれたようで、「そこの君、署までご同行願います」と腕をひかれる。ちょうどいいやと思って「ポリスメーン」と警官の手に鼻水ティッシュを押し付けた。手のひらの塵を呆然と見つめる警官はかんかんになって、よくわからないことを怒鳴ってくるから、私は走って公園に逃げた。
公園の滑り台を逆さに登って、ぶらんこに乗る。昔っぽく言うと、ふららこ。ふららこってなんだよ。私はすこぶるいい気分で、空中を漕いだ。ぐんぐん高度があがって行って、このままだと鎖がちぎれちゃうってとこまで来た。なんて青い青空だろう。私は波のように、空に近づいては離れ、離れては近づいてを繰り返す。下を向くと砂場があった。ふららこを下りて、砂場に入った。裸足の指の間に、砂粒が引っ付いてくすぐったい。
傍に居たお子ちゃまからスコップを奪う。泣くこともせず、子供はきょとんとして水玉だらけの裸を興味津々に見つめてくる。そう、まるでサバンナの生き物を見るかのように。もしくは面白い形の雲を見つけたときみたいに。
私は構わず、砂場を掘り始める。
「お姉ちゃん、どこまで掘るん? 僕な、この砂場の下のコンクリートまで掘ったことあるんよ」
自慢げに砂場を指さして胸を張るお子ちゃまを、けっと鼻であしらう。
「私なんか、マグマが出るまで掘ったるわ」
渇いた土はやがて湿った土に変わり、それでも私は三日三晩かかってついにマグマに到達した。気づいたら子供も大人も、輪になって私を見守っている。真っ赤な溶岩がどろりと流れ出てきた。土を焼き、遊具を焼き、風景を呑みこみながらマグマは公園を満たす。人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、私はそれを見て高笑いする。マグマの道をまっすぐ歩いてゆく。火傷するように体中が痛くなって、髪は熱風に巻き上げられる。構わず歩いていると、海に出た。見渡す限りの海。海岸に打ち上げられたクラゲのように、なすすべもなく立ち尽くす。
地球を貫通して、裏側に出たのだろうか。
背筋に震えが走って、振り返ると、悪魔がいた。
「ここはどこ」
聞いておきながら、どこでもいいと思った。
つまりはテイストだと悪魔は言った。
「見たい奴にだけ見える特別。何も考えてない素晴らしさってこと」
素晴らしさという割に、何も考えていないという言葉の危うさ。その果てのない空間に眩暈がする。
「今日のテイストがこれってだけ。明日のテイストはまた違うし、昨日のテイストは昨日だけのもの」
私は知っている。太陽が昇るから私は目覚める。闇があたりを包むから、私は眠るのだと。粒子が動くから時間があって、日々が動くから今があって、だから何かを考えずにはいられない。搖動する永遠の刹那の中で、私は生きるしかない。
メイクを完ぺきに落とした私は、思い直してシャワーだけ浴びることにした。頭を泡立てつつ、浴室の鏡に映る体をおそるおそる観察する。どこにも水玉はなかった。
翌朝、仕事に行こうと玄関から出ると、、マンションの目の前の塀に、茶色く干からびたものがべったり張り付いていた。薄気味悪くおどろおどろしげなそれは、苦悶の表情でミイラになっている。きっと、夢の中で私に塩をかけられたナメクジに違いなかった。これが今日のテイストね、と私は靴の裏でナメクジを剥がす。ぼろぼろと欠片になって落ちた。